2026.10.19
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映画『赤土に眠る』(2027年3月より全国公開予定)のみどり市内先行特別内覧が10月18日、群馬・みどり市の笠懸野文化ホールで行われ、みどり市の須藤昭男市長、メガホンをとった金子雅和監督、主演の藤原季節が出席。MCはみどり市出身の俳優・大川楓佳が務めた。

本作は、市制施行20周年を記念事業としてみどり市が制作する映画で、現在のみどり市である新田郡笠懸村岩宿の関東ローム層から、人によって作られたと思われる石器を1946年に発見し、人類の歴史は日本では縄文時代から始まったという定説を覆し、日本列島に旧石器時代が存在したことを証明することの礎となった人物・相澤忠洋さんの若き日の奮闘を描くファンタスティックな物語。

2026年は相澤さんの生誕100周年、岩宿遺跡発見80周年、そしてみどり市誕生20周年が重なる記念すべき節目の年にあたるが、そんな年に映画を届けることができた心境を聞かれると、須藤市長は「映画を作ろうと思ったのは3年半くらい前で、映画には費用がかかるので、クラウドファンディングや一般寄付、企業版ふるさと納税など、いろいろな方に物心両面でお世話になり、今日を迎えることを大変嬉しく思っております」としみじみと語り、「映画の約6割をみどり市内で撮影をいたしました。金子監督が凝りに凝って場所を選んでくださったと感じています」と感謝。

金子監督は「この映画はちょうど1年前の10月19日にクランクインしました。まさに1年前の今日、現地入りして準備を進めていたんですけど、1年後に上映していただけて嬉しく思っております」と声を弾ませ、「相澤さんが実際に行商をしながら発掘していた岩宿遺跡のすぐ近くであるこの場所で、多くの皆さんに世界でいち早く見ていただけること、嬉しく思います」と吐露した。

そして、藤原は『赤土に眠る』の撮影を終えて以降、「『赤土に眠る』をたくさんの人に見ていただきたい一心で、俳優活動だったり生活だったりを頑張ってやってきたような気持ちがあります」と胸の内を明かし、「もっともっと多くの人の心の深い場所に届くように頑張っていきたいと思っていますが、今日がその最初の1日なのですごく嬉しいです」と熱く語った。

 

また、相澤さんはみどり市にどのような影響を与え、どんな存在か尋ねられた須藤市長は「相澤さんは大学の考古学教室を出たわけでもなく、考古学で有名な師匠に弟子入りして学んだわけでもなく、ただ発掘が好き、石が好き、昔はどんな生活をしていたんだろうというのが好きで、自分で真実を追い求めたいという一心で、世界的な偉業を成し遂げた方なのかなと思っています」といい、「“好きこそ物の上手なれ” という言葉、そして“情熱に勝る能力なし”。まさに相澤忠洋さんそのものの言葉なのかなと思っています。今、物質的には何不自由ない世の中になっていますけれども、真実を追い求める、こんなことを子どもたちにも、そして我々にも教えてくれているのが相澤忠洋さんであり、みどり市にとってはまさにヒーローそのものだと思っています」と言葉に力を込めた。

 

さらに、本作を撮影しようと思ったきっかけを聞かれた金子監督は、約38年前に小学生の頃に教材で読んだ岩宿遺跡での石器発見の記述が、相澤さんとの出会いだったことを明かし「まだ子どもで考古学も知らなかったんですけど、その情景が自分の目に浮かぶような感覚になって、相澤さんという人物に強く惹かれました」と明かし、その後、映画監督となり、2012年に桐生市とみどり市共同開催の映画祭で短編を手がけた際「将来、納豆を行商しながら世紀の発見をした相澤さんの映画を撮りたい」と公の場で宣言し、約14年の歳月を経て念願の映画化へと結実させた金子監督は「相澤さんの人間性や精神性、彼がどう世界を見ていたのかという本質を映画というフィクションならではの描き方で表現して作ったので、そこを楽しんでいただければと思います」とアピールした。

そして、相澤さん役のオファーを受けた当時の心境について藤原は「なんで僕なんだろうって(笑)。北海道出身で、石器に強い情熱があったわけでもない自分が、旧石器時代を発見した偉大な人物を演じていいのだろうかと思いました」と吐露しつつ、「せっかくいただいたご縁を何とか自分のもとに引き寄せて大切にしようと思い、相澤さんにご挨拶をするつもりで、自転車を往復200km漕いで(東京から)撮影現場まで向かったんですけど、あの時間は、どこかで天国の相澤さんが僕の姿を見て笑ってくれないかなという一心で自転車を漕いでいました」と告白し、観客をどよめかせた。

 

そんな藤原をキャスティングした決め手について、金子監督は「撮影前の製作発表の時に、東京からここまで自転車でやってきて、クランクアップ後もまた自転車で東京へ帰っていったんですけど、演じることに対しての真摯さは、他の作品の取り組み方を見ても感じていたので、相澤さんに顔が似ているかと、やっていこたことがどうとかではなく、生き方の真摯さに惹かれてお願いさせていただきました」と打ち明けた。

 

これに、藤原は往復200kmを自転車で移動したことを振り返り「行きは『演じるぞ!』という一心で自転車を漕いだんですけど、帰りは雨にも降られ、撮影も終わったので“ここまでやらなくてもいいだろう”と思って、『自転車で帰る』って言った時に“誰か止めてくれ!”と思っていました(笑)」と当時の心境を明かして会場の笑いを誘い、「プロデューサーさんが僕のスタート地点まで自転車ごと運んでくれたんですが、『プロデューサーとしては止めなきゃいけないが、男としては何も言えない』と送り出されて、“いや、止めてください!全力で止めてくれたらやめるのに!”と心の中で叫びながら『行ってきます』と…」と当時のやりとりを回顧し、苦笑いを浮かべた。

 

続けて、エキストラの方々のエピソードを聞かれた藤原は「エキストラの方々の演技が素晴らしすぎて、特に闇市のシーンの演技は見事ですね。あとは撮影現場に煮ぼうとうとか古代米のおにぎりを持ってきてくださった方々もいて、めちゃくちゃ美味しかったんです」と笑顔で語り、「その中の1人のおばあさまに『相澤忠洋さんを演じさせていただきます』って挨拶をした際に、『石の声を聞きなさい』ってアドバイスをいただいて、“えっ?ジブリ?”って(笑)。『石の声って聞こえるんですか?』と尋ねたら、『いつか聞こえるから』と深いアドバイスをいただいたんですけど、みどり市の方々は石の声が聞こえるんだなと、今でも思っています」とコメントして、みどり市の方々を笑わせた。

 

さらに、不屈の精神で世紀の大発見を成し遂げた相澤さんにちなみ、“困難や逆境の乗り越え方”を尋ねられると、須藤市長は「やはり原点回帰。何のために志したのか、初心に立ち返り、自分ができることから一歩ずつやってみること」と金言を語り、金子監督は「相澤さんの生き方になぞらえれば、目先で結果が出なくても諦めず、結果が出るまで遠くへ球を投げ続けること。そして監督としては、現場で困難に直面したときは、作品と一緒にやっているキャスト・スタッフを信じるしかない。それをいつも心がけています」とコメント。

 

藤原は「今回の撮影は、朝早くから山登りが続くようなタフな現場だったんですけど、僕は金子監督の後ろ姿をスマートフォンの待ち受け画面にしていました。金子監督の“この映画を撮るんだ”という信念そのものが非常に美しかったんですよ。悪意だったりが目に入りやすい現代だからこそ、自分の心を美しいもので満たしていたいと考えた時に、金子監督の後ろ姿を待ち受けにするという最終手段を取りました。金子監督の背中を見ていると、道が2つあったとして『右の道が通れないなら、何か月・何年かかろうと左の道を行くしかない』という当たり前のことが、あの撮影現場ではすごく大事でした」と明かし、「それはまさに、相澤さんが生きてきた生き方なのかなと思っていて、考古学者でもなく、幼い中、一家が離散してお寺に預けられて1人で生きてきた相澤忠洋さんが、極貧の中で納豆を売りながら土を見つめ続けて、運命を切り開くんだとか、夢を掴むんだという強い気持ちだけじゃなく、ひたすら目の前にある道をコツコツと生き続ける静かな意思みたいなものを感じたので、美しいもので心を満たし、神様仏様に手を合わせて、目の前の道を歩んでいく。父親がお寺の住職なもので、神仏に手を合わせて目の前の道を歩んでいけば道は必ず開けてくるはずだという父の教えがあります」と力強く語った。

最後に、PRメッセージを求められると、藤原は「悪意に晒されたり、人と自分を比べてしまいがちで、いろんな情報が入ってくる時代だからこそ、“夢中になって生きる”とはどういうことなのかを、この作品を通じてすごく考えさせられました。自分もそういう生き方がしたいと思っているので、この映画を見てくださる方にもその思いが届いたら嬉しいです。そして、僕が劇中で“石の声”を聞けているかどうかもぜひ見届けてください」と呼びかけ、金子監督は「相澤さんの史実がありつつも、彼がどんな精神で世界を見つめていたのかというところにフォーカスを当てて、フィクションならではの作り方で作っています。見れば見るほど新たな発見がある作品です。映画館で見る映画として作っていますので、全国公開の際にはぜひ劇場の大きなスクリーンで改めてご覧いただきたいです」とアピール。

須藤市長は「相澤さんの功績は中学校の道徳の教科書にも『真実を求めて』というタイトルで取り上げられています。AIが何でも即座に答えを出してくれる時代だからこそ、自分の頭で考え、自らの意志で道を切り開くことの大切さを教えてくれる映画です。来年の3月映画が公開になった後、市民の皆さんと一緒にみどり市を盛り上げていきたいと思っておりますので、それぞれの立場からもご協力をよろしくお願いを申し上げます」とお願いした。

2026.10.18
お知らせ

安田顕、渋川清彦、黒沢あすか、長谷川初範、白川和子などの共演者が発表となりました。

安田顕と黒沢あすかは楢山三郎と千代の夫婦役を演じ、相澤忠洋が過ごす長屋の大家として、彼の日々の生活を見守ります。

群馬県出身の渋川清彦は、戦争帰りで片足が不自由な密猟を繰り返している闇の行商人・実根田威役として出演。闇の商売に関わるよう相澤に近づいていきます。

相澤忠洋が気にかけこだわっている赤土が存在する無月村の主・八谷巖男には、

金子雅和監督の作品に3度目の出演となる長谷川初範。同じく無月村の住む老女・スエに白川和子が配役されております。

 

幅広い役柄をこなし演技に定評のある俳優陣が集結。

藤原季節が演じる在野の考古学者・相澤忠洋の人生に交錯していきます。

 

 

・安田顕(楢山三郎役)

御縁ある金子雅和監督の作品に、また参加できることを光栄に思います。

日本の自然美の中に描かれる、心と記憶に残る映画です。

常識や偏見に左右されず、赤土の中に眠る真実を探究し続けた青年・相澤の、

そのひたむきな生き方が、より多くの方たちに届きますように。

是非、ご覧ください。

 

 

・渋川清彦(実根田威役)

この作品に参加させてもらい、相澤忠洋という人を初めて知りました。自分で調べたり脚本から、相澤さんの人となりを想像し、当時のことなどに思いを馳せました。現場に入ると、相澤さんが乗り移ったような監督のたたずまいがあり、心が踊った記憶があります。行くのも困難なところや熊に遭わないよう行ったロケ地は、力のある金子監督の画になっています。スクリーンでご覧ください!

 

 

・黒沢あすか(楢山千代役)

かねてより金子監督が生み出す世界観に魅了されておりました。それだけに、今回作品の一員としてお声掛けいただいた時は、大変身が引き締まる思いでした。本作では相澤忠洋さんが身を寄せる長屋の大家として、安田顕さんと夫婦役を演じさせていただきました。相澤さんが石に賭けた一途な情熱と魂の輝き。ぜひ見届けてください。

 

 

・長谷川初範(八谷巖男役)

私たちの大地と自然をモチーフに、独自の映画表現に挑み続ける金子雅和監督。

誰にも似ることのない唯一無二の世界観は、観る者を日常の彼方へと誘い、幻想と現実が交錯する深遠な世界を描き出す。

『赤土に眠る』。

金子監督が紡ぐこの稀有な映画世界に、作品を重ねながら俳優として関わり続けられることは、私にとって大きな喜びであり、何ものにも代えがたい幸せを感じています。

 

 

・白川和子(スエ役)

怖かった。本当に怖かった。明かりひとつないすすきの河原を提灯ひとつで去っていくシーン。

村人達(エキストラさん)も大勢いて絶対に無事故でとの思いでひたすら歩いた。

私はスエという盲目の老人役。盲目とはこんな世界なのか・・・

打製石器をもとめ、ただひたすら土と格闘する相澤忠洋が、真っ暗闇の中でみつけた光と提灯のあかり。希望の光を絶やさず、黙々と追い求める執念は歴史をも変えられる。

ぜひとも、多くの方に見て頂きたいです。

 

2026.10.18
お知らせ

海外ビジュアルを手掛けているのは、『オオカミの家』や『落下の王国 4Kデジタルリマスター』のグラフィックデザイナー塚本陽。

愛用の自転車を相棒に、相澤忠洋が赤土と向き合い、目を凝らしながら「槍先型尖頭器」を一途に探す姿を描いたビジュアルになっております。

 

 

海外ビジュアルデザイナー

【グラフィックデザイナー 塚本陽(つかもと きよし)】

1973年東京生まれ。96年多摩美術大学グラフィックデザイン科卒業。フリーランス。

映画のパッケージデザインや劇場宣伝デザインに携わっている。2006年、2014年TDC賞受賞。

最近の主な仕事に『オオカミの家』、『落下の王国』、『落下音』、『顔 -かお-』などがある。

ポートフォリオ:https://eraplatonico.tumblr.com/

X: @eraplatonico

 

 

2026.03.29
お知らせ

映画『赤土に眠る』トークイベントが、群馬県・みどり市の笠懸野文化ホールで開催された『みどり市市制施行20周年記念式典』内で行われた。

主演の藤原季節、メガホンをとった金子雅和監督、みどり市長の須藤昭男が出席。MCはみどり市出身の俳優・大川楓佳が務めた。

ステージに登壇した藤原は「今日は1000人くらいの方々が会場に来ていただけているということで、さすがにこれほど大きな行事だと思っていなかったので、ちょっと驚いているんですけど、皆さま、早く映画を見たいですよね。あと1年、我慢してください」とちゃめっ気たっぷりに挨拶。

撮影から約4か月ぶりにみどり市に訪れた感想を求められた藤原は「まだ4ヶ月しか経ってないんですか? 本当ですか? もう1年くらいに感じていました」と吐露し、「みどり市で撮影していた日々が自分にとってあまりにも尊くて、その時の記憶を思い出すと、すごく清潔で心強い気持ちになれる一方で、終わってしまったことがあまりにも切なかったので、必死に忘れようとしていたのかもしれません」とコメント。前日にみどり市に入ったそうで「赤城山のほうに行ったりしていたんですけど、改めてみどり市の、そして赤城の空気を吸うと、相澤さんを演じていた頃の自分が帰ってくるようで、すごくホッとしました」と笑顔を見せた。

そして、同プロジェクトがスタートした経緯や、込めた想いを聞かれた須藤市長は「一番のきっかけは、みどり市には岩宿遺跡があり、岩宿博物館もあるわけなんですけれども、相澤さんが苦労して発掘した資料については相澤記念館にありまして、私は当時から『仏像を作って魂入れず』という思いで岩宿博物館を見ていました」と胸の内を明かし、相澤忠洋さんの妻で相澤記念館の館長を務める千恵子さんにお願いをし、相澤さんが発掘した約4万点の資料の寄贈を受けたそうで「台帳を作って、国に申請して、国の登録有形文化財になったんですけれども、いろんな方々に相澤さんの生き様を、スクリーンを通じて世界にアピールをしていきたい。岩宿の価値、そしてひたむきに発掘に人生をかけた相澤さん、こんなところをクリーンを通じて伝えていきたいということで、今回この映画を作ることになりました」と明かした。

また、2012年に『きりゅう映画祭』に短編映画の企画を提出し、映画祭側から「桐生市とみどり市の自然を活かした作品を作ってほしい」というお願いがあり、2013年に『水の足跡』という短編映画を作って以降、みどり市との付き合いが始まったという金子監督は、相澤忠洋さんや考古学を題材にした映画をみどり市が制作するという話を聞いた際の心境については「実は自分が小学校4年生か5年生ぐらいの時に、学校の教材で相澤さんの書いた『「岩宿」の発見』という本を読んでいて、まさに相澤さんの一番の発見と言われている槍先形尖頭器を赤土の壁から発見した話を、10歳ぐらいの子どもながら読んだ時に非常に感動したというか、その時の土の色や光や吹いている風など、そういったものが目に浮かぶように見えてきて、子ども心に強いインパクトがありました」と回顧。

その後、相澤忠洋さんのことが心の中に残り続けたそうで「先ほど話した『きりゅう映画祭』に企画を応募したきっかけも、相澤さんが発掘した場所だったということでした。さらに言うと、『きりゅう映画祭』用に2012年に撮った短編を、2013年に東京で上映する機会があったんですけど、その場で映画祭の方から『将来また桐生市、みどり市で映画を作りたいですか?』と聞いていただいた際に、『実は納豆の行商をしながら旧石器を発見した相澤忠洋さんの映画を将来作りたいんです』と話したことがあったので、この企画をみどり市が作るということを知った時に、正直“自分以外に撮ってほしくない”、“これは絶対に自分がやらないとダメだ”、“やりたい”と強く思いました」と力強く語った。

続けて、脚本を考える際に大切にしたことを聞かれた金子監督は「相澤さんの書いた本であったり記録であったり、ほかの方が相澤さんについて書いたものをとにかく読み込んだんですけど、相澤さんは本当に波乱万丈の人生で、幼少期から色々なことがあって、その人生すべてを映画の2時間にまとめると、一個一個のことが薄まってしまうと思ったので、やはり相澤さんの人生のどこかにフォーカスを合わせなければいけないという風に思いました」と語り、「それで、自分がその子どもの時に『「岩宿」の発見』を読んで、槍先形尖頭器を発見したというその瞬間が、もっとも強く自分の中の相澤さんの物語としてあったので、それを中心にしようと思いました」とコメント。

加えて、「ただ、それだけだと映画にはならないのと、考古学という専門性が非常に高いものなので、多くの方に楽しんでいただけるものにするためにフィクション化していきました」と言い、「その上で、自分が一番大切にしたことは、もちろん実際にはどういう風に生きていたかということは調べてはいるんですけど、事実を忠実にということではなく、その中でも相澤さんという人間の精神性や、彼が何を見て、何を一番大切にして生きていたのか。そういったことを限りなく映画の中に込めたいなと思って作っていきました」と熱く語った。

加えて、タイトルに込めた想いについて金子監督は「相澤さんという人間のことを考えていた時に、相澤さんは古代に生きていた人たちの遺物を探し求めていましたけど、僕らは自分たちだけがこの世の中に生きていて、この世の中の主役が自分たちだと思っていますけど、おそらく相澤さんは僕らの前にもいろいろな人たちやものたちが生きていて、そういったものがあって今の自分たちがいるという世界認識を常に感じていたんじゃないかと思って、今は見えていないけど、確かにあったもの。それが土の中に眠っている。それは何なのかというものを描いていくということで、このタイトルにしました」と説明。

同タイトルについて、藤原は「僕たちの撮影の日々もまさに赤土との戦いであって、監督の脚本の中にも、相澤さんの著書の中にも、『赤土』っていう言葉がたくさん出てくるんですけど、赤土の中に石器はないという定説がある中で、僕は博物館で見て本当に驚いたんですけど、あの槍先形尖頭器を見つけるってどれだけの事だったんだろうって考えると、考古学者でない一人の青年が、ただ赤土を掘り続けた青年が、歴史を変えてしまった、人類の痕跡を発見してしまった。しかも相澤さんの戦いってその後何十年も続いていくんですよね。岩宿の発見の後も、亡くなる寸前まで赤土を掘り続けて、さらに昔の人類の存在を証明しようと最期までしていたので、まさに“赤土に眠る”石器との人生だったんだろうなと思うと、これ以外のタイトルってないだろうなって今は思っています」と感慨深げに語った。

改めて、主演に抜擢された際の心境と、実在した人物を演じるにあたっての役作りについて聞かれた藤原は「抜擢された時の気持ちは、責任重大というか、実在の人物を演じるということで、どこか僕と相澤さんとの間に何かしらの共通点があったりすれば自分も腑に落ちるんですけど、“なぜ自分なのか”と。監督のように小学校の時から相澤さんを尊敬していたわけでもなかったので、“どうして自分なんだろう”って思いました」と当時の胸の内を明かし、「自分とかけ離れた相澤さんという人との縁をつないでいくために、一生懸命努力したというか、相澤さんが残した著書を監督にお借りして読んだり、お墓参りに行ってみたり、自転車を漕いでみたり、とにかく天国の相澤さんに自己紹介するような気持ちでいろいろ準備をしていました」と告白。

加えて、携帯電話の待受画面も相澤さんの銅像の写真にしたそうだが「撮影現場に入ると状況が変わってきまして、僕の目が変わったのか、金子監督が相澤さんに見えてきて(笑)。本当に不思議で、どこからどう見ても金子監督が相澤さんに見える。台本を覗き込んでいる時の目が、昔の相澤さんが石を見つめている目に見えて、“そうか、金子監督と相澤さんとの間に何かしらの運命と呼ばれるものがあるとしたら、そこに巻き込まれる形で自分はこの物語に呼ばれるのかもしれない”と思って、会ったことのない相澤さんを追いかけるよりも、金子監督を追いかければ自ずと相澤さんにつながるはずだと思って、待ち受けを金子監督に変えて(笑)。金子監督が山を登っている後ろ姿を待ち受けにして、最近までその待ち受けを変えられなかったんですけど、そのくらい金子監督を途中から追いかけ始めるっていう役作りに変わっていきました」と打ち明けて会場の笑いを誘った。

そんな藤原は、昨年9月に岩宿博物館で行われた制作発表の会場に、相澤さんと同じように東京から自転車で駆けつけたが、スタッフも関係者も藤原が自転車で来ることは知らず、それを最初に発見したという須藤市長は「その時から藤原さんが相澤忠洋役に入り込んでいると思いましたね。あの当時、相澤さんも自分が発掘したものを明治大学まで自転車で持って行って専門家に見てもらって、また自転車で帰ってきて、翌日は納豆の行商をする。そんな生活を毎日続けていたことを藤原さんが体験をしたわけです」と称賛。

藤原は、クランクアップの翌日に、その自転車で東京まで戻ったそうで「雨の中でした。二度とやりたくない。皆さま『帰りのほうが楽ですよ』っておっしゃるので、僕もそのつもりでいたんですけど全然きつかったです。来る時は10時間、帰りは13時間くらいかかりました。多分、心が折れていたんだと思います(笑)。天気も悪かったですし、一人で寂しかったですね」と遠くを見つめた。

さらに、撮影は昨年10月から行われ、無事にクランクアップしたそうで、撮影で大変だったことを尋ねられた藤原は「先ほどメイキングをご覧になったと思うんですけど、本当に大変なところや危険なところにはメイキングカメラ入れてないなっていうのが正直なところで(笑)、僕たちが撮影していた場所って、早朝の陽が昇る前に集合して、暗闇の中を山を登り始めて、やっと撮影の地に辿り着くというような感じでした。本当に危ない場所だったり、景観の綺麗な美しい場所を探し求めて撮ったので」と苦労を明かし、「なので、どこが大変だったかと言われるとすべてですね。日が暮れると下山することができなくなるので、時間との戦いでもありながら、体力との戦いでもあったんですが、そこはスタッフさんにケアもしていただいたので、なんとか乗り越えることができました」と感謝した。

続けて、みどり市や群馬県での撮影で印象に残っていることを聞かれた藤原は「やっぱりロケ弁の“登利平”ですね」とコメントして地元の方々を笑わせ、「一度、登利平を出していただいて、スタッフみんなと食べていて、『なんだこのタレは。米が足りないぞ』って言って、うますぎるってなって、その数日後にスタッフさんに聞いたら『もう一回食べたい』って言っていたので、僕が調べて発注しました。だから現場で2回出たんですよ(笑)。そのぐらい美味しくて、今日もいただいたんですけど美味しかったですね」とにっこり。

みどり市の酒蔵(日本酒醸造所)である近藤酒造のお酒もたくさん飲んだそうで、金子監督が「撮影の途中で息抜きに打ち上げみたいなのがあって、地元のお店にスタッフ・キャストみんなで行って、そのお店の(日本酒の)赤城山を全部飲み尽くしました」と明かすと、藤原は「赤城山が足りなくなって、ひやおろしも秋のお酒もないってなって、夏酒も飲み尽くしてもうお手上げ状態っていう感じですごかったですね」と回顧。その場にいた大川も「店員さんが『もうありません』って言った時の顔が今でも忘れられないです」と声を弾ませた。

同イベントでは、映画本編の映像を使った特報が上映され、ヒロインの中島セナとのシーンも描かれていたが、中島と共演した感想を聞かれた藤原は「中島セナさんはですね、本当に透明と言いますか、撮影の前半に中島セナさんがいらして、出演シーンが終わって中島セナさんは帰京されて、その後も僕たちの撮影が続いたんですけど、金子監督と一緒に『彼女は本当に実在していたのか』というのを話すくらいの透明感でした。幻想的であり透明でありで、彼女と撮影したシーンを思い出すと心が清らかになる感じがします」と目を輝かせ、藤原と中島の共演シーンを撮影する上で大切にしたことについて金子監督は「自分が“叶(かなえ)”という役は中島さんが一番いいと希望して、それが叶った役だったんですけど、本当にすばらしい女優さんだなと。藤原さんも中島さんも、素材がすばらしいと思っているので、その素材が素直に画面に映ればと。僕が余計なことをしないで二人の魅力がスクリーンに刻まれればなと思って撮影に臨んでおりました」と語った。

最後に、メッセージを求められると、藤原は「『赤土に眠る』は、夢を追いかけるということを自分に教えてくれる映画というか、相澤さんという存在がそうなんですけど、夢を追いかけるっていうのは喜びもある一方で、悲しみだったり孤独な時間っていうほうが実は長かったりして、喜びだったり達成感っていうのは一瞬で、それを追いかける時間っていうのはひたすらに孤独で悲しいものだって、相澤さんの存在が教えてくれて、それでも夢を追いかけることを相澤さんが人生を通して教えてくださったと思うので、安易な言葉でない、夢を追うとはどういうことなのかというのを伝えてくれる映画だと思います。楽しみにしていてください」とアピール。

金子監督は「かなりダイナミックな、みどり市を中心とした大自然の映画になっております。同時に人の心であったり、命の重さであったり、そういったことを繊細に描いている映画でもあります。相澤さんのことを知っている人でもまだ知らない方でも楽しめる映画に仕上がっていると思いますので、これから日本全国、そして世界へ向けてたくさんの方に見ていただけるように発信してまいりますので、応援していただければと思います」と挨拶し、須藤市長は「公開に向けてですね、今日お集まりをいただいた皆さんがSNSや、いろんなところでまた発信をしてもらうと、この映画の魅力がもっともっと伝わると思っていますので、ぜひ来年の公開まで、いろんなところに情報発信をしていただければと思っております」とお願いした。

映画は、2027年3月より全国公開

2026.03.28
お知らせ

⽇本列島に旧⽯器時代があったことを証明した在野の考古学者・相澤忠洋

若き⽇の奮闘から着想を得て描かれる、ファンタスティックな劇映画

 

2026年は相澤忠洋生誕100周年、岩宿遺跡発見から80年、みどり市誕生から20周年という節目の年。

みどり市市制施行20周年記念式典の一環として、本作主演の藤原季節と金子雅和監督を招き、

笠懸野文化ホールにてトークイベントを開催。

 

トークイベントにて「特報」が上映され、映像初解禁。

藤原季節が演じる相澤忠洋が、豪雨や洞窟の中でも赤土に眠る石器を探し求めて奮闘する姿や、

相澤の前に現れる神秘的な女性・叶との交流も描かれている。

モデルとしてだけでなく女優としても注目されている「中島セナ」がヒロイン・叶役を演じることが発表され、

コメントも到着!

 

【中島セナ(ヒロイン:叶役) コメント】

『赤土に眠る』公開が決定いたしました。

あわせて、本作に出演させていただいています。

金子雅和監督、藤原季節さんをはじめ、素晴らしいスタッフ、キャストの皆さまとこの映画でご一緒できたことを、なによりも嬉しく思います。

そして群馬県、ならびに地元のみどり市の方々の支えを強く感じながら、穏やかで充実した時間のなか撮影を行うことができました。それらは自分にとって忘れ難い記憶となったと感じています。

2027年、3月の公開が待ち遠しいです。

©2027「赤土に眠る」プロジェクト